イヤサカー!
五十嵐先輩です。
最近の気づきをシェアしますわ。
当方、体重100kg近いデブなのですが、深夜のラーメン屋でふと思いました。
なぜ俺みたいなデブの客と、ガリガリに細い客が、同じ時間に同じ量のラーメンを食べているのだろう。
同じ一杯なのに、なぜ体型はここまで違うのか。
もちろん、来店頻度や運動量、代謝などの違いはあるでしょう。
でも、その日ふと目に入った光景には、もう一つの違いがありました。
細い人たちの多くは、友人と笑いながらラーメンを食べている。
一方、私は一人でラーメンを食べている。
ここに一つの示唆がある気がしました。
人は必ずしも「ラーメン」を食べに来ているわけではない。
誰かと話すために来ている人もいれば、仕事終わりの慰労として来ている人もいる。思い出を作るための一杯もある。
つまり、ラーメンは目的ではなく、コミュニケーションの媒介になっている。
一方で、私は違う。
ラーメンそのものが目的になっている。
空腹だけではない。
疲労も、ストレスも、孤独も、「今日は頑張った」という自己肯定感も、一杯のラーメンに委ねている。
食事が栄養補給ではなく、感情を満たす装置になった瞬間、人は量ではなく意味を食べ始める。
もちろん、これは「デブは孤独だ」「細い人は友達が多い」という話ではない。
そんな単純な二項対立ではない。
ただ、食事が人生の何を満たしているのかは、人によって大きく違う。
同じラーメンでも、誰かとの時間を味わっている人もいれば、ラーメンそのものに心の充足を求めている人もいる。
体型を分けるのは、一杯のラーメンではない。
その一杯に、何を求めているか。
そんなことを考えながら、今日もスープを飲み干していました。
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